移転しました。これまで当ブログ"歌詠み狐の徒然日記"のご愛顧、ありがとうございました。


by kyubi-grakai
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カテゴリ:心の掃き溜め( 13 )

不安を知る


 皆さん、こんばんは。あなただけの九尾狐です。



 さて、早く訪れてほしい気持ちが半分、永遠に来ないでほしい気持ちが半分の合格発表がついに明日です。


 周囲の友人たちから合否結果の連絡がちょいちょい入っており、"おめでとう"と合格した友人たちを心から祝福する感情と共に、ヤキモキとした焦りを感じています。

 筆者の受験した学校は国公立大学前期入試合否発表の全日程の中で最終日に発表されるもんで、苛立ちが半端でないです。


 泣いても笑っても、明日、全てが決まる。

 とっくに賽は投げられている。

 明日は目が出るのを見届けるだけ。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。



 現状、知り合いから入ってきている合格・不合格の割合はちょうど五分五分。


 …怖いな。

 現在、頭の中には、自分ができなかった問題、間違えた問題がグルグルと渦巻いています。

 正直、駄目な気しかしません。

 今は、願い祈り信じることしかできないのに、なのに、嫌な予感が拭えません。


 ―――たとえ強がりであっても―――気丈に、強気に振舞える人間は強いです。

 昨日から、また消化器系の状態が悪化しています。

 …折角、一回治ったのに。。



 もし、落ちていても、後悔はしない。

 全力で取り組んだ結果がそれだから。

 でも、やっぱり、受かりたいという気持ちは溢れんばかりで、強い。


 不安で小刻みに震えている手を握り、自分を鼓舞する。

 それしかできないもの。


 …よしっ、いっちょ、気合い入れて、合否結果を確認してきます。

 結果は追而、このブログに掲載します。

 (一部の方には直接連絡を入れます)


 明日の正午、笑顔になりますように!!


 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2009-03-09 22:11 | 心の掃き溜め

裏切三昧


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。



 あんまりブログは書くまい、と思っていたのですが、自分の心の奥底をかっ開いて、素直に表現するには、ここはいい場所なんです。


 というわけで、ちょっと愚痴。



 そういう感じの内容がお気に召さない方は読むのを差し控えて下さい。



















 ここ数日で、いきなり2人の友人に裏切られた。

 …一方的にこっちが信じてて、勝手に裏切られたって思っているだけかもしれないけれども、兎に角、裏切られた。

 友達っていう関係には今後も変わりないんだろうけど、あんな性格の人間だったっていうのは初めて知ったから、一方的にギクシャクしてしまいそうだわ。


 文化祭前に、忙しくて忙しくて堪えられなくなって、ここに愚痴を書き散らかしたときもしんどかったけど、今回は別の意味で辛いわ。


 うん、世の中っていうのは上手く流れていると思ったら、急転直下することもあるもんです。

 でも、それは短いスパンで考えた時に限定されるお話であって、大きな目で俯瞰してみると大したことのないものであることが多かったりします。

 こういう風に考えないと、押し潰されそうです。

 
"Happiness follows sorrow"


 そう、信じないと。


 こういうことを相談すべき相手が咄嗟に見当たらないっていうのも、ますます気分を落ち込ませるなぁ。。

 この件に全く関係なくって、真面目に相談に乗ってくれそうな人ー。。

 中学時代の悪友たちはとは一緒にいてて居心地はいいし、この上なく大切な仲間なんだけど、こういうことの相談に対しては不向きな気がするし…。



 仕方ないか。

 うん、小さなスパンで見てるから悔しいのかもね。

 大きな人間になりたいなぁ。。


 うをー、気が滅入るぜ。





 何か、最近の女子高生の日記みたいになってしまったぜw

 わけのわからない愚痴を並べ立てて、結論も出さないで、投稿。そして放置。


 読者にとっての面白さを第一に考えたブログを目指していたのに、今年に入ってからこんなのばっかりだ。

 まぁ一部の人にしてみたら、他人の苦しむ姿は蜜の味かもしらんが。



 何にせよ、思いもよらない突然の裏切りが、こんなにも精神的に辛いもんだったとは予想だにしていませんでした。

 暫らく、どす黒い九尾狐がふら付いているかもしれませんが、近付くと危険ですので、黄色い線の内側までお下がりください。



クリックで救える命がある。

 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-07-21 17:11 | 心の掃き溜め

天才論


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。


 さて、最近、知合いのブログを覘いていると、様々なことについて思い悩み考え綴っている人がいるようです。

 しかし、"天才とは何か"ということについて論じている人はいませんでした。

 そこで、筆者は筆者なりの天才について書いていきたいと思います。



 先ず、"天才"って何だろう?

 辞書を引いてみたら、こんな風に載っていました。


 生まれつき、普通の人にはまねの出来ない、すぐれた才能を持っている人。



 そもそも辞書っていうものは、独自性を異様なほどまでに排他して、限りなく一般性を求めたものだから、きっとこの文言は誰しもにとって正論なんだと思います。

 ここではこの辞書の解釈を正しいものとして、さらにそこに筆者の私論を加えて、書いていきたいと思います。


 天才なんていません。

 この件に関して、筆者の言いたいことはこの一言に尽きます。


 本日、2008年7月19日の読売新聞の朝刊にはこのような記事がありました。

 「怒りの葡萄」などで知られる米国の作家ジョン・スタインベックは語ったという。「天才とは、蝶を追っていつのまにか山頂に登っている少年である」と。晴山陽一さんの著書「すごい言葉」(文春新書)に教えられた。
 遥か眼下を見おろしてごらん。何とまあ、高い所までのぼったね。そう褒められても少年はぽかんとし、「ぼくは蝶を追ってきただけで…」と戸惑うのみだろう。……… (後略) ………


 世に、"天才だ"と称される人は五万といている。

 しかし、彼らに才能などあっただろうか。

 答えはNOだ。

 努力なくしての能力はあり得ない。

 紹介したスタインベック氏の言葉に出てくる少年だって、"山を登る"という作業をしている。



 今、世の中の潮流として、既成の一般論を外れた、一風変わった論理が喜ばれ、称えられる。

 それが必ずしも間違いというわけではないけれども、殆どは間違いではなかろうか。

 昔から今まで継承されてきたことはやっぱり正しいことが多くて、それを否定するのは賢しら心を持ったものがすることだ。

 そしてその愚か者の唱えている論説のなかに、「努力をするものはバカだ」というものがある。


 はっきり言おう。

 筆者にはその説は間違いだとしか思えない。


 己の努力に気付いているか気付いていないかの差異こそあれど、他人よりも少し努力した人が成功する。

 アルバート=アインシュタイン、トマス=エジソン、レオナルド=ダ=ヴィンチ………など、世にいう偉人の中で、誰1人として、己の能力を洗練することを怠った者はいない。



 "あの人は天才だから…"とか、"自分には才能がない"とかを言っているうちは、出る芽も出ないぜ。


 結果の有無は除外した上であっても、努力するのって、素敵だと思う。

 その目標とするところが何であってもいい。

 努力は100%報われる。

 だって、その結果に得たものは、自分にしかないものだもの。


 自分にしかできないこと、何か一つあれば大丈夫。

 これが自分なんだと誇れるもの、何か一つあれば充分。


 そうでしょ?



 まとめます。

 先の見えない努力をしよう。

 努力しない人間は堕落する。



 お粗末な主張でしたが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。



 これをもちまして、九尾狐の主張を終わらせていただきます。


 ありがとうございました。



 99%の汗と1%の閃き投票箱。


 クリックで救える命がある。


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by kyubi-grakai | 2008-07-19 16:48 | 心の掃き溜め

恋愛論


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。


 さて、最近、知合いのブログを覘いていると、様々なことについて思い悩み考え綴っている人がいるようです。

 そこで、筆者は筆者なりの恋愛論について書いていきたいと思います。



 先ず、"愛"と"恋"って何だろう?

 辞書を引いてみたら、こんな風に載っていました。

 "愛"
 個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重して行きたいと願う、人間本来の暖かな心情


 "恋"
 特定の異性に深い愛情を抱き、その存在を身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態


 そもそも辞書っていうものは、独自性を異様なほどまでに排他して、限りなく一般性を求めたものだから、きっとこの文言は誰しもにとって正論なんだと思います。

 ここではこの辞書の解釈を正しいものとして、さらにそこに筆者の私論を加えて、書いていきたいと思います。


 "愛"と"恋"の違いは上の辞書の記述で薄ぼんやりとであれ、明瞭にであれ、わかってもらえたんじゃないかなーと思います。

 くどくも、具体例を交えて再説明してみます。

 親が子に対して、或いはその逆、抱くのは"愛"です。

 "親子愛"っていう言葉はよく聞きますけど、"親子恋"っていう言葉はあんまり聞かないですよね。

 "恋人"っていったら美しいですけど、"愛人"っていったらやばっちぃ関係ですよね。

 というわけで、表面を撫でる程度の説明をしてみると、"愛"っていうのは総合的に人のことを大切に思う気持ち、"恋"っていうのは限定的に人のことを大切に思う気持ち、という分類が出来得ると筆者は思います。


 だから、筆者が最近頻繁に冗談めかして口にしている言葉。

 "人間全てが好き。女の子全てを愛している。そしてたった1人の女の子に対してだけ恋に落ちる"


 っていうのは、上記に基づいて雑言しているんだと解釈して下さい。(無論、好きの程度・愛の程度・恋の程度っていうのはあります。無茶苦茶好きな人と、少し好きな人と…っていう感じで)


 じゃ、閑話休題。

 どうして人は人を好きになるのか。

 科学的(?)に言ってみると、脳内のうんちゃらとかいう物質がなんちゃらとかいう作用をして………っていう、まぁ高校生がお求めでない、ロマンティックの欠片もありゃしない回答があるんでしょう。

 今回、それは無視です。


 概念論のお話。

 人を好きになるのは素敵です。

 理由? 素敵なもんは素敵っていうので納得しましょう。

 美しいものを美しいって感じることに理由なんてないのと同じです。


 確かに、恋愛をすることで苦悶する人もいてます。現に、筆者の身の周りにも少なからずいてます。

 でも、その苦悩って幸せな苦悩ですよね。

 先だって書いた幸福論と同じように、恋愛っていうのは達成に到るまでの過程が楽しいんです。

 悩んで悩んで悩んで悩んで、ちょっとしたことにひどく喜んで、ちょっとしたことに悲劇的に悲しんで…っていう、そのアレコレが、最上級の快楽をくれるんですよね。

 だったら、色恋沙汰で思い悩むっていうのは、別に悲劇でも苦労でも何でもない。

 逆に歓ぶべきことなんです。



 私的な話をさせてもらいます。

 綺麗事でも何でもなく、筆者は人を嫌いになれないんです。

 小学生時代の出来事が心的外傷(俗にいう、トラウマ)にでもなっているんじゃないかって言われるんですけど、漠然としすぎていて、明確な理由はわかりません。

 兎に角、嫌いになれない。

 他の人から言わせると、「だったらいいじゃん」ということなのですが、いざこういう立場になってみると、コンプレックスになってしまいます。

 今でこそ、饒舌にここで書くことができますが、"好き"と"嫌い"が表裏一体なら、「嫌いになれない」=「好きになれない」なんじゃないか、と、真剣に苦悩した時期もありました。

 例えば、好きの度合いを数値化してみたとして―――或いはその行為そのものが間違いかもしれませんが―――Aさんのことが50好きで、Bさんのことが30好きとなったとします。

 そうすれば、(Aさんと比較して)Bさんのことは20嫌いなんじゃないかっていうことになってしまいそうです。

 でも、突き詰めて思慮してみると、好きと嫌いって、単純な相反する感情じゃない、と、幻想であっても信じられるので、安心したりなんかもします。


 そして今、筆者は年寄りくさい考えをするようになってしまっています。

 好きになったからといって、積極的に気持ちを打ち明けて、付き合ってみたいとは思わなくなっています。

 姿を見て、声を聞いて、一緒に楽しく会話ができたなら、それで満足してしまうと思います。

 ただ、もし好きな人に気持ちを打ち明けられたなら、OKをして付き合うっていうことにはなるのかもしれませんが。

 ま、要するにチキンです。消極的なだけなんでしょうね。



 結局、何が言いたかったのかって、愛だとか恋だとかは考えれば考えるほどわけのわからん問題だから、何も考えないで、人のことを好きになったら素直に認めてしまおうぜっていうことです。

 …他人に暴露しろってことじゃないですよ。

 自分の中で、認めようぜってことです。



 ま、筆者は2008年7月16日の、後輩ジモンの日記に出てくるジモンのお姉さんの意見に大きく首肯するということです。



 ってなわけで、結論。

 愛と恋は違う。

 恋せよ、人間。



 お粗末な主張でしたが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。


 恋する投票箱。


 クリックで救える命がある。

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by kyubi-grakai | 2008-07-19 16:06 | 心の掃き溜め

幸福論


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。


 さて、最近、知合いのブログを覘いていると、様々なことについて思い悩み考え綴っている人がいるようです。

 そこで、筆者は筆者なりの幸福論について書いていきたいと思います。



 先ず、"幸福"って何だろう?

 辞書を引いてみたら、こんな風に載っていました。

 
現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。


 そもそも辞書っていうものは、独自性を異様なほどまでに排他して、限りなく一般性を求めたものだから、きっとこの文言は誰しもにとって正論なんだと思います。

 ここではこの辞書の解釈を正しいものとして、さらにそこに筆者の私論を加えて、書いていきたいと思います。


 よく言われるお話。

 幸せって、1つのものなのでしょうか?

 まぁ、個人差はあれど、殆どの人が、格好いい男、はたまた可愛らしい女に'ちやほや'されたら嬉しい気持にはなるでしょう。

 でも、そうでない人もいるかもしれない。

 筆者は圧倒的多数を占めるマジョリティに属する人間なので、断言はできません。

 でも、巷に溢れかえっている情報を収集してみると、「そんなの、幸せでも何でもないじゃねぇか」と否定する人は皆無ではないようです。


 誰かにとっての'不幸な出来事'は他の誰かにとっての'幸福な出来事'だってことはよくあるお話で、その逆もまた然りです。

 だったら、必ずしも"人の幸せは誰かの不幸の上に成り立っている"とは言えないですよね。

 だからといって、誰もが幸福な世界っていうのは理想郷の話かもしれません。

 でも、自分が幸せであるために他人が不幸であるなんて、そんな単一的で、単純なコインの裏表論で表せるほど、この世界は秩序整然としてもいない。

 確かに、自分が幸せになるために他人を蹴落とさなくちゃいけない時もあるかもしれない。

 でも、そんなの考えられうる様々な事象のうちの1つでしかなくって、この世にはもっともっとたくさんの事象があるもんです。


 "幸せになる必要性"がない?

 人っていうのは幸せになるために、この世に生を受けたんだぜ。

 何も人が生まれたのは死ぬためですって、死んでもいないのにシニックな理論を唱えなくてもいいじゃないの。


 何かやりたいことがあるなら、誰かに反対されてもやればいいと思います。

 やりたいことをやって、それで失敗しても、後悔なんてしないです。

 そもそも失敗なんてただ1つの通過点であって、それがゴールなんかじゃない。

 成功も失敗も勝利も敗北も、通過点です。

 だからそんな小さなことの1つ1つに満足したり失望したりなんかせず、次にある幸せを信じないと。


 幸せっていうのは、その目的地に向かっていく過程が幸せなんです。

 幸福を求めるっていう行為そのものが幸福なことなんです。


 ってことで、まとめます。

 幸せになるために必要なのは、諦めずに戦い続けること。

 そしてその戦いは幸福になるための戦いじゃなく、"誇り"のための戦いであること。

 勝手にゴールを決めないこと。



 お粗末な主張でしたが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。



 幸福の投票箱。


 クリックで救える命がある。

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by kyubi-grakai | 2008-07-19 15:01 | 心の掃き溜め

6月9日の九尾狐を知る


 皆さん、こんばんは。あなただけの九尾狐です。



 早速更新する時間がないぜ。

 頭が痛い。

 寝不足寝不足。

 やつれてきた。

 政権交代してやる。

 何でこんなに面倒事が多いんだ。

 勉強時間:0時間。

 クラス内が分裂中。

 原因:筆者?

 みんな、何がやりたいの?

 金賞? 馬鹿じゃない?

 眠い眠い眠い。

 うぅー、明日も早起きせねば。

 色々なことを思い出しては忘れる。

 クラスのみんなには涙を呑んでもらおう。

 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-06-10 00:21 | 心の掃き溜め

文化祭一週間前を知る


 皆さん、こんばんは。あなただけの九尾狐です。


 気がつけば文化祭一週間前。

 来週の今頃はクラスの皆で打ち上げへと旅立っていることでしょう。。


 さて、今日から一週間。次第に追いつめられていく人間の体調の変化を記していきたいと思います。

 いや、他意はなく。



 6月8日(日)

 睡眠時間:2時間

 クラスの脚本に注釈書を作っていたため、眠る時間が取れない。

 体に力が入らない。力を入れても30分程度でガス欠する。

 携帯を手に取るのが面倒。メールを悉く無視。

 甘いものが食べたくなる。

 せねばならないことが大量に頭から毀れ落ちる。

 ドラッグでもしたかのように、陽気になり、ともすればすぐに落ち込む。

 マイナス思考になる。

 愚痴が多くなる。

 浮世を憂う。

 愛想が悪くなる。

 っていうか機嫌が悪くなる。

 隈が少し濃くなる。

 現実逃避がしたくなる。

 そもそも勉強って何?

 必ず文化祭は成功させる。



 以上、本日の筆者。
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by kyubi-grakai | 2008-06-08 22:12 | 心の掃き溜め

志と矜恃


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。


 前回の更新停滞宣言から1ヶ月弱。早すぎる再開です。

 去年の11月ごろ、宣言もせずに停滞していた時よりも短い休止期間です。

 いや、わけがあるんですけどね。


 前回の記事について、思わぬ波紋を広げてしまったんで、その後について書いておこうと思います。










 まぁ前回の更新で、筆者の心境が悲惨な状況になっているとお伝えしました。


 その後、多少落ち付き、ある新案が出てからは、やっとこドキドキワクワク感が生まれてきました。

 メンバも多少増え、現在では約20人で細々と運営しています。


 しかしだからといって苦しい状況には変わりない。

 こんな状態でクラス・クラブ・文中の三立ができるのか、というと、限りなく不可能に近い状態です。


 それでも、そこをやりとげるのが筆者です。


 うちのクラスにがっちり係わってみせよう。

 真面目にクラブ活動に参加してみせよう。

 今年、文中に関わった人間は幸福だ、と思えるような文中を仕立て上げてみせよう。



 中学時代、身の周りの障害を悉く嘲笑の対象としていた、厭味な九尾狐を復活させてみせましょう。


 端から不可能だの無理だのと言って、挫折を味わったでも立ち直れないほどの傷を負ったでもなく、諦めるような"盆暗"には、どんな面においても負ける気はしない。



 どんなに嫌なことがあっても、挫けそうになっても、続けたくなるのは、好きだからです。

 クラスも、クラブも、文中も、全てが総て、同じように大切で、同じように大好きだから、全部こなしたい。

 どれか1つでも諦めるのは嫌だ。

 筆者は基本的に強欲で傲慢なんです。

 求めるもの、欲するものは何とかして手に入れようと"必死のぱっち"で足搔く。

 それで失敗したって、後悔なんてしないもんです。

 挑戦する前から、投げ出してかかるなんて、つまらない。

 "二兎を追って一兎をも獲られない"なら、四兎五兎を追えばいい。



 人はそんな簡単に変われないという方もおられるかもしれない。

 やってみないうちからそんなこと、口にするもんじゃない。

 人間は至極簡単に変わることができる。

 '努力'と'勘違い'で。

 いつまでも過去に執着していたって、何も始まらないじゃない。

 今日と同じ明日は来ない(某CM)んだから、自分も変わらなければならない。

 だったら1回、やってみようか、と一念発起してみるのも、面白い。



 筆者は毎日、"何か面白いことはないか"ということだけを考えて過ごしているようなもので、その結果が成功だ、失敗だは殆ど無関係です。

 勝ちも負けも、1つの通過点に過ぎないんだから、失敗したっていいじゃないか、思いっきりズッコケて顔面をズルズルに擦り剝いたっていいじゃないか、とか思って"のうのう"と生きて17年ちょぃ。

 今、筆者は毎日生きているのが楽しくて仕方ないですよ。

 恐ろしくつまらないことがあっても、部屋で枕を濡らしても、仲間と悪ふざけをしていても、とにかく面白くて堪らないですよ。

 そのお陰で、周囲からはちっとばかし敬遠される、この人格が出来上がったわけですが…(笑えない)



 話が大きく大きく逸れました。

 何が言いたかったのか、自分でもちんぷんかんぷんになってしまいました。

 ここに書いてあること全部を伝えたかった気もするし、どれも伝えるには不十分だったような気もします。


 今は比較的穏やかな心持なので、暢気にこんなことを書いていますが、ありとあらゆる、想像を絶するほどの艱難辛苦があるだろうことは、覚悟しています。


 まぁそんな中でも、柴犬と武道と仲間がいれば何とかやっていけそうな催眠に罹ってしまうので、大丈夫な気もするもんです。



 
文化祭は必ず成功させる。



 己の全身全霊と矜恃を懸けて、この志を果たす。

 今はこのことだけを考えて生きよう。

 きっと、このことで周囲には多大な迷惑をかけるだろう。


 1人の後輩に、今年度のはじめ、半ば冗談でこんな事を言った。(彼は覚えているだろうか?)

 "自分は'いい先輩'にはなれない。だから'ありふれた友達'になろうと思う"と。

 これからは'迷惑をかけっぱなしの友達'でも目指すとするか(ぉぃ



 さて、笑われてもいいという思いでこれを書いた。

 ある女性の言葉にこんなものがある。

 
"If people don't laugh at your dream,the dream is not big enough."


 
「もし人々が、あなたの夢を笑わなかったら、その夢はまだ小さい」


 人に笑われることは恥ずかしいことか。

 諦める方がよっぽど恥ずかしいこととは思わないか。


 やりたいことは、すべてやろうぜ。

 何故かって? そうした方が楽しいじゃないか。



 今年の文化祭は傷だらけで成功させる。誰にも文句は言わせない。

 全員で、最後は笑う。










 ………ところでこれは、誰に対するメッセージだ?

 自分に対して? 文中メンバに対して? 社会に対して?

 まぁ、誰でもいいか。

 ………って、こんなことを書いて公開したら、後に引けないぢゃないか…っ!!

 うーわぁ、とんでもないことを仕出かしちまったなぁ。。



 笑う投票箱。


 


 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-05-05 17:07 | 心の掃き溜め

 皆さん、こんばんは。あなただけの九尾狐です。


 普段なら予習に勤しんでいる平日のこの時間。

 ちょっと愚痴を言わないと…ってか書かないと潰れそうなんで、吐きだめておきます。

 見たくない方はここらでストップして下さい。



















 正直、文中の委員長がこんなにしんどいもんとは思わんかった。

 3年生になって、予習も復習も多くなって、クラブも最後の追い込みに入って、誰もが大変なんはわかってる。

 でも、何でこんなにきっついねん。


 そもそもあの機関を10人で動かそうっていうんが大間違いやろ。

 そんな人数やったら、1人が1つの役割を責任持ってやっても、絶対に間に合わん。

 かといって、1人に2つ以上の役割を頼むんも無理。

 ホンマにどうしろっていうねん。


 どんだけ努力しても、どんだけ頭使っても、できひんもんはできひん。

 そんな中で次から次へと問題が出てきて、細かいことまでこっちに訊いてきて………。

 自分で判断しろっちゅうに。

 精神的にマジで辛い。

 あー、どうしよ。


 受付の問題もやし、オープニングの問題もやし、説明会も開かなあかんし、日数の少なさもやし、時間枠もやし………考えても考えても、悩みの種は尽きひん。

 押し潰されそうや。


 2年間育ててきてくれた先輩への恩返しっていうこともあるし、何よりもここで辞めたら一生後悔すると思って続けたけど、真剣に潰れそう。


 そんな中で勉強せぇだの、クラブの昇段が近いだの、色々とプレッシャーかけられたら、本気で爆発しそうや。


 クラス・文中・クラブの3つを全部やり遂げようって決心してたけど、ホンマに出来るんかなぁ…。


 あー、余裕ない。



 ごめんなさい、愚痴っててもしゃあないですね。

 腹が痛かったり、先のことを考えて本当に泣きそうになったり、色々と不安要素は多いですが、できる限りは頑張ります。

 最初に自分が決めたことですから。


 ただ、やっぱりストレスはどうしても感じます。

 自分1人で悩んでいるような錯覚にも囚われます。

 どんなに気丈に振舞ってたって、僕だって人なんです。そんな時もあるんです。

 弱音を吐きたくなって、逃げ出したくなって、疲れて、全くヤル気がなくなって…っていうことがあるんです。


 ホンマにごめんなさい。何か、支離滅裂な上に、ブラックな文章になってしまいました。

 ちょっと気持ちの整理がつくまで、ここの更新もできないかもしれませんが、勘弁して下さい。

 今、何かを書いたらどんな文章になるか、わからないので。


 それでは、本日はこれまで。


















 みんな、文化祭、絶対に成功させるで。



 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-04-14 22:04 | 心の掃き溜め

心の鍛練


 皆さん、こんにちは。あなただけけの九尾狐です。


 ここ最近、わけのわからない文章を仰山書いているので、ちょっとここらで一休み。

 たまには真面目なことを書いていきたいと思います。



 というわけで、心の鍛練。


 まぁ筆者は空手と合氣道という2つの武道に邁進しているわけです。

 (空手はここ最近やってませんが、細かいところは気にしないで下さい。)

 "武道で必要なもの"として有名なのが、"心・技・体"と言われるものです。

 それぞれ、充分に身につけてこそ、武道家として一人前だと認められます。

 但し、認められている人がこの世界にそう頻繁にいるわけではありません。

 口で言うには単純なことなのですが、この3つはそれぞれ調練の方法が違うのです。


 "技"を鍛えるのは、道場なり教室なりに行けば、先生が教えてくれます。

 "体"をつくるのは、筋トレやランニングをしていればOKです。

 問題が"心"です。

 "心"の強さというのは人それぞれ観点が違うので、一概にこうすればいいとは言えないのです。

 それをどう鍛錬するのかというのは、各道場によって異なるものです。

 また、"心"の強さというのは積み重ねであるとも言われます。

 つまり、今筆者が論じている"心"の強さというのは、筆者が師匠から教わったものに、筆者なりの独自の解釈をプラスしているものだと理解して下さい。

 また、もしこの文章を読んでくださった方が"心"の強さに関して論じるというとき、筆者がここに掲載した内容をそのまま利用するという行為はしないで下さい。

 多くの人の手に渡り、それぞれがそれぞれの思う方法で"心"の強さを作り上げていくことで、"心"は磨かれるものなのです。


 先ず、"心"の強さの三要素というものがあります。

 
"非情"・"頑冥"・"優柔"


 この3つです。

 因みに"心"を鍛錬する際、順番というのも、"非情"→"頑冥"→"優柔"という順番です。


 それぞれについて説明していきます。


 
"非情"


 空手やボクシングをしている人間が何故喧嘩に強いのか、その理由が"非情"です。

 眼の前にいる相手を殴る時、何も考えずに殴ることができる。これが理由なのです。

 そもそも人は何故、人を殴るときに躊躇するのでしょうか。

 それは、『今ここでこいつを殴ったら、痛いだろうな。辛いだろうな』という憐れみが働くからなのです。

 そういった憐憫の一切を捨て去り、無心で人に対して暴力できるようになると、その人間は最強です。

 但し、この要素のみ強くなってしまうと、とんでもないことになるというのは火を見るより明らかです。


 
"頑冥"


 意志の強さということです。

 己の決めた道を決して捻じ曲げない、誰に何を言われても貫き通す強さというのが"頑冥"です。

 見方を変えると、ただ独善的で、他者の意見なんて気にしない、真っ先に嫌われるタイプの人間です。

 つまり、この要素も、単体で強くなってしまうと、何が"心"の強さだ、という状況になってしまいます。


 "優柔"

 ぐずぐずしていて、決意が弱いということです。

 これは上記の2つ、"非情"・"頑冥"があってこそ、意味を発揮するものです。

 非情さを補うのは"優"、頑冥さを補うのは"柔"ということです。

 最終的に、一番強いのは"優"しく、"柔"和であることなのです。


 このように、"心"の強さというのは、単純な構造をしているわけではなく、三位一体となっているそれぞれの要素が複雑に絡まりあっています。

 つまり、"心"の鍛錬とは、これら3つをいかに上手くコントロールして、最も望ましい均衡を保つか、ということに要約されるのです。


 では、どのようにすれば"心"は強くなるのでしょうか。

 それは各々がこうすればいいのではないかと思う方法を試行錯誤していくことで生み出されます。

 筆者には筆者の方法があり、筆者の師匠には師匠の方法があり、あなたにはあなたの方法があります。

 ここで筆者の鍛錬法を書くことは敢えてしません。

 それぞれの心を見つめることから始めるのが、鍛錬の第一歩となるからです。

 但し、もし心を鍛錬したいというのであれば、直接言っていただければ、筆者なりの助言をします。

 筆者が師匠から受けたように。


 1つだけ、ここに記しておきます。

 武道というのはどういうものなのか。

 空手にしろ、合氣道にしろ、剣道にしろ、柔道にしろ、遍く武道に共通して言えること。

 それは、目的や手段はどうであれ、全ての武道は人を殺す方法を学ぶということ。

 使用を誤ると、起こってはならないことが起こってしまうということです。



 とまぁ、何かを学び取ったつもりで何もわかっていやしない、高々17歳のクソガキが偉そうにわかったような口をきいてしまいました。

 無論、反論は数多あるはずです。

 ここに書いたのは筆者の思考の断片、削り粕みたいなものだと思い、スルーッと読み流していただければ幸いです。


 たまにはこんな真面目な記事も書いてみるもんだ。

 結構楽しかった。

 次回以降の更新がどのようになるのかは未定です。

 もしかしたら今日みたいな考察記録になるかもしれない…ですが、普段のバカみたいな生態記録を楽しみにしておられる方がいらっしゃったら申し訳ありません。

 というわけで本日の更新はここまで。



 最も"心"を鍛錬せねばならないのはこんなことを書いている自分。
 さて、強くなろうか。
 投票箱。



 


 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-04-05 21:17 | 心の掃き溜め