移転しました。これまで当ブログ"歌詠み狐の徒然日記"のご愛顧、ありがとうございました。


by kyubi-grakai
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天才論


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。


 さて、最近、知合いのブログを覘いていると、様々なことについて思い悩み考え綴っている人がいるようです。

 しかし、"天才とは何か"ということについて論じている人はいませんでした。

 そこで、筆者は筆者なりの天才について書いていきたいと思います。



 先ず、"天才"って何だろう?

 辞書を引いてみたら、こんな風に載っていました。


 生まれつき、普通の人にはまねの出来ない、すぐれた才能を持っている人。



 そもそも辞書っていうものは、独自性を異様なほどまでに排他して、限りなく一般性を求めたものだから、きっとこの文言は誰しもにとって正論なんだと思います。

 ここではこの辞書の解釈を正しいものとして、さらにそこに筆者の私論を加えて、書いていきたいと思います。


 天才なんていません。

 この件に関して、筆者の言いたいことはこの一言に尽きます。


 本日、2008年7月19日の読売新聞の朝刊にはこのような記事がありました。

 「怒りの葡萄」などで知られる米国の作家ジョン・スタインベックは語ったという。「天才とは、蝶を追っていつのまにか山頂に登っている少年である」と。晴山陽一さんの著書「すごい言葉」(文春新書)に教えられた。
 遥か眼下を見おろしてごらん。何とまあ、高い所までのぼったね。そう褒められても少年はぽかんとし、「ぼくは蝶を追ってきただけで…」と戸惑うのみだろう。……… (後略) ………


 世に、"天才だ"と称される人は五万といている。

 しかし、彼らに才能などあっただろうか。

 答えはNOだ。

 努力なくしての能力はあり得ない。

 紹介したスタインベック氏の言葉に出てくる少年だって、"山を登る"という作業をしている。



 今、世の中の潮流として、既成の一般論を外れた、一風変わった論理が喜ばれ、称えられる。

 それが必ずしも間違いというわけではないけれども、殆どは間違いではなかろうか。

 昔から今まで継承されてきたことはやっぱり正しいことが多くて、それを否定するのは賢しら心を持ったものがすることだ。

 そしてその愚か者の唱えている論説のなかに、「努力をするものはバカだ」というものがある。


 はっきり言おう。

 筆者にはその説は間違いだとしか思えない。


 己の努力に気付いているか気付いていないかの差異こそあれど、他人よりも少し努力した人が成功する。

 アルバート=アインシュタイン、トマス=エジソン、レオナルド=ダ=ヴィンチ………など、世にいう偉人の中で、誰1人として、己の能力を洗練することを怠った者はいない。



 "あの人は天才だから…"とか、"自分には才能がない"とかを言っているうちは、出る芽も出ないぜ。


 結果の有無は除外した上であっても、努力するのって、素敵だと思う。

 その目標とするところが何であってもいい。

 努力は100%報われる。

 だって、その結果に得たものは、自分にしかないものだもの。


 自分にしかできないこと、何か一つあれば大丈夫。

 これが自分なんだと誇れるもの、何か一つあれば充分。


 そうでしょ?



 まとめます。

 先の見えない努力をしよう。

 努力しない人間は堕落する。



 お粗末な主張でしたが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。



 これをもちまして、九尾狐の主張を終わらせていただきます。


 ありがとうございました。



 99%の汗と1%の閃き投票箱。


 クリックで救える命がある。


 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-07-19 16:48 | 心の掃き溜め