移転しました。これまで当ブログ"歌詠み狐の徒然日記"のご愛顧、ありがとうございました。


by kyubi-grakai
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恋愛論


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。


 さて、最近、知合いのブログを覘いていると、様々なことについて思い悩み考え綴っている人がいるようです。

 そこで、筆者は筆者なりの恋愛論について書いていきたいと思います。



 先ず、"愛"と"恋"って何だろう?

 辞書を引いてみたら、こんな風に載っていました。

 "愛"
 個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重して行きたいと願う、人間本来の暖かな心情


 "恋"
 特定の異性に深い愛情を抱き、その存在を身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態


 そもそも辞書っていうものは、独自性を異様なほどまでに排他して、限りなく一般性を求めたものだから、きっとこの文言は誰しもにとって正論なんだと思います。

 ここではこの辞書の解釈を正しいものとして、さらにそこに筆者の私論を加えて、書いていきたいと思います。


 "愛"と"恋"の違いは上の辞書の記述で薄ぼんやりとであれ、明瞭にであれ、わかってもらえたんじゃないかなーと思います。

 くどくも、具体例を交えて再説明してみます。

 親が子に対して、或いはその逆、抱くのは"愛"です。

 "親子愛"っていう言葉はよく聞きますけど、"親子恋"っていう言葉はあんまり聞かないですよね。

 "恋人"っていったら美しいですけど、"愛人"っていったらやばっちぃ関係ですよね。

 というわけで、表面を撫でる程度の説明をしてみると、"愛"っていうのは総合的に人のことを大切に思う気持ち、"恋"っていうのは限定的に人のことを大切に思う気持ち、という分類が出来得ると筆者は思います。


 だから、筆者が最近頻繁に冗談めかして口にしている言葉。

 "人間全てが好き。女の子全てを愛している。そしてたった1人の女の子に対してだけ恋に落ちる"


 っていうのは、上記に基づいて雑言しているんだと解釈して下さい。(無論、好きの程度・愛の程度・恋の程度っていうのはあります。無茶苦茶好きな人と、少し好きな人と…っていう感じで)


 じゃ、閑話休題。

 どうして人は人を好きになるのか。

 科学的(?)に言ってみると、脳内のうんちゃらとかいう物質がなんちゃらとかいう作用をして………っていう、まぁ高校生がお求めでない、ロマンティックの欠片もありゃしない回答があるんでしょう。

 今回、それは無視です。


 概念論のお話。

 人を好きになるのは素敵です。

 理由? 素敵なもんは素敵っていうので納得しましょう。

 美しいものを美しいって感じることに理由なんてないのと同じです。


 確かに、恋愛をすることで苦悶する人もいてます。現に、筆者の身の周りにも少なからずいてます。

 でも、その苦悩って幸せな苦悩ですよね。

 先だって書いた幸福論と同じように、恋愛っていうのは達成に到るまでの過程が楽しいんです。

 悩んで悩んで悩んで悩んで、ちょっとしたことにひどく喜んで、ちょっとしたことに悲劇的に悲しんで…っていう、そのアレコレが、最上級の快楽をくれるんですよね。

 だったら、色恋沙汰で思い悩むっていうのは、別に悲劇でも苦労でも何でもない。

 逆に歓ぶべきことなんです。



 私的な話をさせてもらいます。

 綺麗事でも何でもなく、筆者は人を嫌いになれないんです。

 小学生時代の出来事が心的外傷(俗にいう、トラウマ)にでもなっているんじゃないかって言われるんですけど、漠然としすぎていて、明確な理由はわかりません。

 兎に角、嫌いになれない。

 他の人から言わせると、「だったらいいじゃん」ということなのですが、いざこういう立場になってみると、コンプレックスになってしまいます。

 今でこそ、饒舌にここで書くことができますが、"好き"と"嫌い"が表裏一体なら、「嫌いになれない」=「好きになれない」なんじゃないか、と、真剣に苦悩した時期もありました。

 例えば、好きの度合いを数値化してみたとして―――或いはその行為そのものが間違いかもしれませんが―――Aさんのことが50好きで、Bさんのことが30好きとなったとします。

 そうすれば、(Aさんと比較して)Bさんのことは20嫌いなんじゃないかっていうことになってしまいそうです。

 でも、突き詰めて思慮してみると、好きと嫌いって、単純な相反する感情じゃない、と、幻想であっても信じられるので、安心したりなんかもします。


 そして今、筆者は年寄りくさい考えをするようになってしまっています。

 好きになったからといって、積極的に気持ちを打ち明けて、付き合ってみたいとは思わなくなっています。

 姿を見て、声を聞いて、一緒に楽しく会話ができたなら、それで満足してしまうと思います。

 ただ、もし好きな人に気持ちを打ち明けられたなら、OKをして付き合うっていうことにはなるのかもしれませんが。

 ま、要するにチキンです。消極的なだけなんでしょうね。



 結局、何が言いたかったのかって、愛だとか恋だとかは考えれば考えるほどわけのわからん問題だから、何も考えないで、人のことを好きになったら素直に認めてしまおうぜっていうことです。

 …他人に暴露しろってことじゃないですよ。

 自分の中で、認めようぜってことです。



 ま、筆者は2008年7月16日の、後輩ジモンの日記に出てくるジモンのお姉さんの意見に大きく首肯するということです。



 ってなわけで、結論。

 愛と恋は違う。

 恋せよ、人間。



 お粗末な主張でしたが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。


 恋する投票箱。


 クリックで救える命がある。

 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-07-19 16:06 | 心の掃き溜め