移転しました。これまで当ブログ"歌詠み狐の徒然日記"のご愛顧、ありがとうございました。


by kyubi-grakai
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幸福論


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。


 さて、最近、知合いのブログを覘いていると、様々なことについて思い悩み考え綴っている人がいるようです。

 そこで、筆者は筆者なりの幸福論について書いていきたいと思います。



 先ず、"幸福"って何だろう?

 辞書を引いてみたら、こんな風に載っていました。

 
現在の環境に十分満足出来て、あえてそれ以上を望もうという気持を起こさないこと。また、その状態。


 そもそも辞書っていうものは、独自性を異様なほどまでに排他して、限りなく一般性を求めたものだから、きっとこの文言は誰しもにとって正論なんだと思います。

 ここではこの辞書の解釈を正しいものとして、さらにそこに筆者の私論を加えて、書いていきたいと思います。


 よく言われるお話。

 幸せって、1つのものなのでしょうか?

 まぁ、個人差はあれど、殆どの人が、格好いい男、はたまた可愛らしい女に'ちやほや'されたら嬉しい気持にはなるでしょう。

 でも、そうでない人もいるかもしれない。

 筆者は圧倒的多数を占めるマジョリティに属する人間なので、断言はできません。

 でも、巷に溢れかえっている情報を収集してみると、「そんなの、幸せでも何でもないじゃねぇか」と否定する人は皆無ではないようです。


 誰かにとっての'不幸な出来事'は他の誰かにとっての'幸福な出来事'だってことはよくあるお話で、その逆もまた然りです。

 だったら、必ずしも"人の幸せは誰かの不幸の上に成り立っている"とは言えないですよね。

 だからといって、誰もが幸福な世界っていうのは理想郷の話かもしれません。

 でも、自分が幸せであるために他人が不幸であるなんて、そんな単一的で、単純なコインの裏表論で表せるほど、この世界は秩序整然としてもいない。

 確かに、自分が幸せになるために他人を蹴落とさなくちゃいけない時もあるかもしれない。

 でも、そんなの考えられうる様々な事象のうちの1つでしかなくって、この世にはもっともっとたくさんの事象があるもんです。


 "幸せになる必要性"がない?

 人っていうのは幸せになるために、この世に生を受けたんだぜ。

 何も人が生まれたのは死ぬためですって、死んでもいないのにシニックな理論を唱えなくてもいいじゃないの。


 何かやりたいことがあるなら、誰かに反対されてもやればいいと思います。

 やりたいことをやって、それで失敗しても、後悔なんてしないです。

 そもそも失敗なんてただ1つの通過点であって、それがゴールなんかじゃない。

 成功も失敗も勝利も敗北も、通過点です。

 だからそんな小さなことの1つ1つに満足したり失望したりなんかせず、次にある幸せを信じないと。


 幸せっていうのは、その目的地に向かっていく過程が幸せなんです。

 幸福を求めるっていう行為そのものが幸福なことなんです。


 ってことで、まとめます。

 幸せになるために必要なのは、諦めずに戦い続けること。

 そしてその戦いは幸福になるための戦いじゃなく、"誇り"のための戦いであること。

 勝手にゴールを決めないこと。



 お粗末な主張でしたが、最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。



 幸福の投票箱。


 クリックで救える命がある。

 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-07-19 15:01 | 心の掃き溜め