移転しました。これまで当ブログ"歌詠み狐の徒然日記"のご愛顧、ありがとうございました。


by kyubi-grakai
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哀しみの後には歓びが訪れる


 皆さん、こんにちは。あなただけの九尾狐です。



 昨日、遂に最後の文化祭が幕を降ろしてしまいました。

 せめて当日の間に何かを書こうと思い、昨日は少しだけ、本当に伝えたいことだけを書きました。

 今日はもう少し詳しく書きたいと思います。



 3年間、文化祭中央実行委員会(以下:文中)のメンバとして、そしてクラスの1人として、前も見ずに必死で走ってきた。

 途中で躓いて、転んで、擦り剥きながらも、気力を振絞って、叫びながら、死物狂いで走り続けた。

 今、思うことは、ただ1つ。

 
僕は果報者だ。



 1年生。

 自覚のない内に文中に参加し、2週間ほどではあったが、文中に全てを注ぎこんだ。

 そこで色々な人に出会い、色々なことを教わった。

 あれもこれも、かけがえのないものだった。

 クラスには殆ど参加できず、悔しさを覚えることにはなったけれど、充実した文化祭だった。


 2年生。

 大劇場部門として、3年生のはちきれんばかりの情熱を受け止めなければならない立場となった。

 また、前年のような思いは経験したくなくて、クラスの方にも参加しようと心に決め、取り組んだ。

 文中でしなければならないことが多すぎて、クラスの練習にあまり参加できず、みんなには迷惑をかけてしまった。

 それでも、クラスのみんなは暖かく迎え入れてくれた。

 嬉しかった。

 また、文化祭が終わった日、3年生の先輩方が沢山のお礼の言葉をプレゼントしてくれ、涙が止まらなくなった。

 本当にいい、文化祭だった。



 そして今年、3年生。

 例年、3年生の盛り上がりは、半端ではないものがあり、自分たちもそうなるものだと思い込んでいた。

 他クラスが異様な盛り上がりを見せ始める中、僕のクラスはそうでもなかった。

 一部の人たちは高揚してはいるが、一部は本当にやる気があるのか疑問を抱くほどだった。

 不安は的中した。

 温度差のために、数回、内部分裂が勃発しかけた。

 さらに僕には文中の委員長としての役割もあった。

 今年の文中ははじめ、10人程度でスタートを切った。

 こんな人数では文化祭成功は不可能だと、絶望が押し寄せてきた。

 潰されそうになった。

 文化祭準備開始早々は、クラスとしても文中としても、満身創痍の状態で取り組んでいた。


 我武者羅に取り組みを進めていくうちに、文中のメンバは次第に増え始め、軌道にも乗ってきた。

 それでも不安は大きかった。

 このころから僕は開き直り始めた。

 失敗してもいい、ボロボロになったもいい。兎に角、できるところまでやってやる。

 
傷だらけで成功する。


 そうなってからは、後先考えず、振り返ることもなく、這い蹲って進んだ。

 そのため、周囲に多くの迷惑をかけることになったけれども、どうにかなるようになってきた。


 しかし、まだ問題は残っていた。

 やはりクラスの方はまとまらなかった。

 このことに苦悩し、修正しなければならないと思ったのは文化祭まで残すところ1週間となったころだった。

 僕と、級友Yとで頭を抱え、脚本を再構築するところから始めた。

 このことに危機を感じていたのはこの2人を除いては数人ぐらいで、その数人で、毎日話し合い、1週間前にも関わらず様々なことをガラっと変更した。

 クラスの多くの人間に戸惑いの色が見えた。

 そんな状況の中で臨んだ最終リハーサル。

 結果は無残なものだった。

 道具の出し入れは成ってない、音響・照明はミスが多い、30分の時間制限の中で40分にもなってしまう………と。

 その日のうちに、劇の流れを再構築し、脚本を削り、照明や音響の流れを変えて………といった作業をした。

 本番まで残すところ3日。

 成功など、夢のまた夢だった。

 次の日、中庭で舞台の大きさをマーキングし、変更した脚本で通し練習。

 結果は24分弱にまで縮まった。

 全員から歓声が上がり、まだスタート地点についたばかりだというのに、涙を流しそうだった。


 それからの練習は時間の都合上、数えるほどしかできず、成功か失敗かは一種の賭けのようなものだった。


 また、文中の活動も佳境に入り、クラスの方に行けず、級友Yに辛いことを押しつけてしまう形になってしまった。

 そんな自分が、情けなかった…。


 悶々として迎えた文化祭当日。

 1日目。

 オープニングでの挨拶は、何を言ったのか、よく憶えていない。

 
"みんなのことが大好き"


 とかこっぱずかしいことを言ったのを少しだけ記憶している。

 まぁ、評判が良かったから良しとしようか。

 クラスのデモストは、昔懐かしの葉っぱ隊で大成功。

 最高の出だしだった。

 その後は本部待機で、殆どクラスには関われず、1日目を過ごした。

 2日目。

 クラスの劇の本番だった。

 始まる前、思わぬトラブルのため、取り乱してしまったが、それ以外は最高だった。

 全員の息が一つに揃い、これ以上はないほどの出来だった。

 幕が降りたあと、自然と湧いた、あの歓声は、何物にも代えがたく、最高のものだった。

 そうして迎えたフィナーレ。

 挨拶をする前から、今までの3年間の活動が頭の中を走馬灯のように通り過ぎて、涙を流しそうになっていた。

 挨拶をしようと舞台に立った時、みんなから筆者の名前を呼ぶ声が起こり、遂に堪えきれなくなった。

 頭の中が真っ白になり、ただただ涙を流すことしかできなかった。

 
"ありがとうございました"


 しか言えないまま、舞台から引いたけれど、伝えたかったことの全てを伝えきった。

 今まで言いたくて、ずっと言えなかった一言だった。

 涙を流しながら迎えた受賞クラス発表。

 はじめに演技賞。

 筆者のクラスの級友Sの名前が呼ばれたとき、思わず自分の文中としての役割を忘れ、自分のクラスの元へと走って行っていた。

 1人で悩み、練習をしてきていた姿をずっと見ていたので、単純に嬉しかった。

 そして演劇の表彰。

 筆者のクラスは銀賞に輝いた。

 このときも抑えきれず、自分のクラスの方へと走って行ってしまった。

 もう、涙が堪えられなかった。

 文中の役割に戻ってからも泣き崩れ、何もできなかった。

 フィナーレが終わってから、校内を歩いていて、みんなが声をかけてきてくれた。

 "ええ文化祭やった" "最高の演説やった" "もらい泣きした" "こんなにいい文化祭は初めてや"などと。

 本当に、本当に嬉しく、また涙があふれ出した。


 個人的に言わせてもらっても、今回の文化祭は最高だった。




 文中のみんな。

 本当に頼りない委員長で、迷惑も数え切れないほどかけました。

 クラスの方に行ってしまう僕を、心でどう思っていたかはしらないけれど、許してくれて、やりたいようにやらせてくれたことに、心から感謝しています。

 
3年間、文中を続けてきて、幸せでした。





 クラスのみんな。

 途中から出張ってきて、大したこともしない僕を、暖かく包んでくれた、みんな。

 それぞれが見えないところで、ちょっとずつ頑張ってきて、お芝居を成功させることができました。

 銀賞受賞云々に関わらず、最高の想い出をつくることができて、よかった。

 みんなのお蔭です。

 
ほんまに、ありがとう。





 そして、今まで僕を支えてきてくれた皆さん。

 昨日、ボロボロと流した涙は、全て皆さんが協力してくれ、暖かい言葉をかけてくれたことへの感謝に耐えきれなくなったからです。

 皆さんが僕にしてくれたことに対して、僕が返すことができたのは、ほんの少しで、全然足りません。

 この高校に入学して、皆さんと一緒に様々な行事を経験し、僕は幸せです。

 
皆さんのことが、僕は大好きです。


 
本当に、本当に、ありがとうございました。





 何も考えず、取り留めもなく書いていたので、支離滅裂になってしまいました。

 まだ昨日までの空気に陶酔していて、正常な思考回路が戻っていないので、これぐらいにしておきます。




 
ありがとうございました!!


 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2008-06-16 11:52 | 心の詩