移転しました。これまで当ブログ"歌詠み狐の徒然日記"のご愛顧、ありがとうございました。


by kyubi-grakai
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

心の鍛練


 皆さん、こんにちは。あなただけけの九尾狐です。


 ここ最近、わけのわからない文章を仰山書いているので、ちょっとここらで一休み。

 たまには真面目なことを書いていきたいと思います。



 というわけで、心の鍛練。


 まぁ筆者は空手と合氣道という2つの武道に邁進しているわけです。

 (空手はここ最近やってませんが、細かいところは気にしないで下さい。)

 "武道で必要なもの"として有名なのが、"心・技・体"と言われるものです。

 それぞれ、充分に身につけてこそ、武道家として一人前だと認められます。

 但し、認められている人がこの世界にそう頻繁にいるわけではありません。

 口で言うには単純なことなのですが、この3つはそれぞれ調練の方法が違うのです。


 "技"を鍛えるのは、道場なり教室なりに行けば、先生が教えてくれます。

 "体"をつくるのは、筋トレやランニングをしていればOKです。

 問題が"心"です。

 "心"の強さというのは人それぞれ観点が違うので、一概にこうすればいいとは言えないのです。

 それをどう鍛錬するのかというのは、各道場によって異なるものです。

 また、"心"の強さというのは積み重ねであるとも言われます。

 つまり、今筆者が論じている"心"の強さというのは、筆者が師匠から教わったものに、筆者なりの独自の解釈をプラスしているものだと理解して下さい。

 また、もしこの文章を読んでくださった方が"心"の強さに関して論じるというとき、筆者がここに掲載した内容をそのまま利用するという行為はしないで下さい。

 多くの人の手に渡り、それぞれがそれぞれの思う方法で"心"の強さを作り上げていくことで、"心"は磨かれるものなのです。


 先ず、"心"の強さの三要素というものがあります。

 
"非情"・"頑冥"・"優柔"


 この3つです。

 因みに"心"を鍛錬する際、順番というのも、"非情"→"頑冥"→"優柔"という順番です。


 それぞれについて説明していきます。


 
"非情"


 空手やボクシングをしている人間が何故喧嘩に強いのか、その理由が"非情"です。

 眼の前にいる相手を殴る時、何も考えずに殴ることができる。これが理由なのです。

 そもそも人は何故、人を殴るときに躊躇するのでしょうか。

 それは、『今ここでこいつを殴ったら、痛いだろうな。辛いだろうな』という憐れみが働くからなのです。

 そういった憐憫の一切を捨て去り、無心で人に対して暴力できるようになると、その人間は最強です。

 但し、この要素のみ強くなってしまうと、とんでもないことになるというのは火を見るより明らかです。


 
"頑冥"


 意志の強さということです。

 己の決めた道を決して捻じ曲げない、誰に何を言われても貫き通す強さというのが"頑冥"です。

 見方を変えると、ただ独善的で、他者の意見なんて気にしない、真っ先に嫌われるタイプの人間です。

 つまり、この要素も、単体で強くなってしまうと、何が"心"の強さだ、という状況になってしまいます。


 "優柔"

 ぐずぐずしていて、決意が弱いということです。

 これは上記の2つ、"非情"・"頑冥"があってこそ、意味を発揮するものです。

 非情さを補うのは"優"、頑冥さを補うのは"柔"ということです。

 最終的に、一番強いのは"優"しく、"柔"和であることなのです。


 このように、"心"の強さというのは、単純な構造をしているわけではなく、三位一体となっているそれぞれの要素が複雑に絡まりあっています。

 つまり、"心"の鍛錬とは、これら3つをいかに上手くコントロールして、最も望ましい均衡を保つか、ということに要約されるのです。


 では、どのようにすれば"心"は強くなるのでしょうか。

 それは各々がこうすればいいのではないかと思う方法を試行錯誤していくことで生み出されます。

 筆者には筆者の方法があり、筆者の師匠には師匠の方法があり、あなたにはあなたの方法があります。

 ここで筆者の鍛錬法を書くことは敢えてしません。

 それぞれの心を見つめることから始めるのが、鍛錬の第一歩となるからです。

 但し、もし心を鍛錬したいというのであれば、直接言っていただければ、筆者なりの助言をします。

 筆者が師匠から受けたように。


 1つだけ、ここに記しておきます。

 武道というのはどういうものなのか。

 空手にしろ、合氣道にしろ、剣道にしろ、柔道にしろ、遍く武道に共通して言えること。

 それは、目的や手段はどうであれ、全ての武道は人を殺す方法を学ぶということ。

 使用を誤ると、起こってはならないことが起こってしまうということです。



 とまぁ、何かを学び取ったつもりで何もわかっていやしない、高々17歳のクソガキが偉そうにわかったような口をきいてしまいました。

 無論、反論は数多あるはずです。

 ここに書いたのは筆者の思考の断片、削り粕みたいなものだと思い、スルーッと読み流していただければ幸いです。


 たまにはこんな真面目な記事も書いてみるもんだ。

 結構楽しかった。

 次回以降の更新がどのようになるのかは未定です。

 もしかしたら今日みたいな考察記録になるかもしれない…ですが、普段のバカみたいな生態記録を楽しみにしておられる方がいらっしゃったら申し訳ありません。

 というわけで本日の更新はここまで。



 最も"心"を鍛錬せねばならないのはこんなことを書いている自分。
 さて、強くなろうか。
 投票箱。



 


 ☆彡
[PR]
by kyubi-grakai | 2008-04-05 21:17 | 心の掃き溜め