移転しました。これまで当ブログ"歌詠み狐の徒然日記"のご愛顧、ありがとうございました。


by kyubi-grakai
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最高の体育祭


 皆さん、こんばんは。あなただけの九尾狐です。



 昨日、筆者の高校では体育祭が行われました。

 今回はそのことについて少し真面目に書きたいと思います。



 今回の体育祭は僕にとって少し特別なものだった。

 理由は明白。僕が始めて大きな組織の委員長として組み立てる行事だったからだ。


 上述のように、僕は今年、体育祭の実行委員長を務めた。

 単刀直入に言おう。決していい委員長であったとは言えない体であった。


 そもそも僕は委員長という言葉そのものが嫌いだ。

 体育祭中央実行委員会をまとめあげるだなんて荒業、とんでもない。僕にできるわけがない話であった。

 それに僕は人をまとめあげ、適材適所を把握し、指示を出すような身分ではない。いや、『身分ではない』という言い方は間違いだ。『そのようなことを成し遂げられる器の持ち主であるとは思えない』と言った方が正しいだろう。

 そもそも『委員長』という尊大ぶったばかばかしい単語が己に与えられることすら、おぞましくて鳥肌が立つ。畏れ多い話だ。


 そんな風に大きな不安を抱えたままで今年の体育祭を始動させることとなった。


 不安は案の定的中し、体育祭一週間前になり、昨年と比較して1週間も作業が遅れていることに気がつくという体たらくだ。

 全く不出来だ。

 気付いていたのに眼を逸らして逃げてばかりいた己に鉄槌を振り下ろしたくなる。

 どうにか軌道修正をするために動いたのも遅すぎた。

 歯車がおかしい。気持ちが悪い。ボタンを一つずつ掛け違えてきた。

 必要以上に先生の手を借りて、どうにか運営しうるところまで持ってこれたのは、ある種の奇跡といって差し支えないほどであろう。

 正直、パニック寸前だった。


 どうにか前日まで漕ぎ着け、準備の指示出しをするも、全てが空回りだ。

 もはやまともな神経回路など僕の中には残っていなかった。大袈裟かもしれないが、前日の時点で僕は半狂乱だった。

 その日、帰宅し風呂に入り、ふと気を緩めると足に力が入らなくなっていた。ふらっと身体が宙に浮く感覚と共に床が目の前に迫ってきた。

 突然の発熱に苛まれた。

 体育祭前日に何をしているのか。メンタル面の庇護に気を遣いすぎて、フィジカル面のケアにはとんと無頓着であった。

 フィジカル面にもメンタル面にも同等の気配りをし、万全の体調に持っていけないようでは、仮にも『委員長』の称を任せられている者として失格である。

 このままでは本番が危ぶまれるかもしれない。これまで数え切れないほどの迷惑をかけてきていただけに、それだけはどうしても回避したかった。

 その日の夜は早く帰宅し、冷えピタを貼り、素早く床に着いた。


 そして本番。既に僕の体も心も悲鳴をあげている中であったが、この日だけはどれだけ無理をしても気張らねばならない日であった。

 朝、微熱にまで下がった身体を押して登校する。もはや気力だけで動くしかなかった。

 午前。自分の出る競技をこなし、本部席に待機する。

 ここでやってはならないミスを犯していたことに気がついた。マニュアルの文面が整合性の取れないものとなっていたのだった。

 ここにきてようやく発見するとは。やはり僕は抜けていた。

 先生を頼り、どうにかそこを修正したが、クラス側の抗議は避けられない。最悪であった。


 そして午後の部だ。

 と、その時、俄雨が襲来した。危惧していた事態がとうとうやってきた。

 しかし大事には至らなかった。不幸中の幸いといったところである。

 何故大事に至らなかったのか。その理由は明白だ。雨男の先生は1人。対して僕達はクラス全員で作ったてるてる坊主があった。その力量は語るまでもないものであった。

 僅か1時間でグラウンドの復旧は完了し、午後の部は開始されることとなった。

 1時間遅れであったとはいえ、全競技を全うすることもできた。このようにすることが出来たのは先生方の協力があってこそのものだ。

 そして閉会式、後片付けも、多くの人の手伝いのお陰で迅速に終えることができ、体育祭は終了した。


 今回の体育祭を通して気付いたことは、僕にまとめ役としての才はないということだ。



 さて、こうして何度も何度も転びながら、それでもどうにかここまで漕ぎ着けることが出来たのはどうしてだろうか。

 やはり体中の仲間や先生方の力は大きかった。この人たちには感謝の念が尽きない。先ず感謝すべきはここだろう。


 しかし、今回の体育祭ではまだまだ感謝しなければならない人たちがいることに気付いた。

 それは僕のクラスの仲間達であり、同じ団の『なまか』たち―――ここでは敢えてこう呼ばせてもらおう―――である。


 僕が辛いとき、一番に温かい言葉をかけてくれたのは『なまか』だった。

 僕が疲弊しきっているとき、励ましてくれたのは『なまか』だった。

 たとえ僕が応援団に入っていなくても、優しく接してくれたのは『なまか』だった。


 勝利を信じていただけに、受賞を逃したと知ったときは本当に辛かった。

 みんなの肩を落とした姿を見た時は思わず零れ落ちそうになるものがあった。


 ―――この場でしか言わないし言えないことでもあるが、自分の団ではない団に、優勝の賞状とトロフィーを渡す時の悔しさは、言葉に表せないほどであった。―――


 体育祭の後にクラスで行った打ち上げに行けなかったのは、心底残念に思う。


 文化祭のときにも感じ、今回の経験を通して改めて感じたことであったが、やっぱり仲間はいいものだ。特に今回のクラス・応援団は最高だ。

 大好きな『なまか』がそこにいたから、僕は今回の体育祭を乗り切れたと言っても言い過ぎではないと、一人僕は確信しているのである。


 このようにいい『なまか』たちに囲まれ、大切なものに気付けたような気がした体育祭は、大成功とは言えないまでも最高の体育祭であった。


 ワンパターンではあるが、今回の体育祭に協力してくれた全ての人々に礼を言う。

 
本当にありがとうございました。



 行事が終わった後の空虚感という名の刺激と、もの気だるさを感じながら記す。
 2007年(平成19年)9月15日。体育祭1日後。
 体育祭中央実行委員会 九尾狐。



 P.S. もう…体育祭中央実行委員会として活動することは殆どないんだね。



 投票箱。

 ☆彡
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by kyubi-grakai | 2007-09-15 22:22 | 心の詩